ベンチプレスで40kgを挙げてみて、重い、10回なんて無理だと思った。 あるいはバーだけ(20kg)でもきつかった。 それで検索してこのページに来られたのだと思います。
結論から書きます。40kgがきついのは、まったく普通です。 恥ずかしいと思う必要は、ひとつもありません。
そして、よく見る「ベンチプレスの平均は、体重と同じくらい」。 あれは、普通の人の平均としては嘘です。 嘘をついている人がいるという話ではなく、数字の出どころが違うのですが、 そのまま受け取ると、自分を実際よりずっと低く見積もることになります。
もうひとつ。 40kgが10回きれいに挙がるようになれば、それはもう「未経験者の平均」ではありません。
これは気休めではなく、実際に測ったデータと計算から出てくる話です。 順番に書いていきます。
40kgで凹んでしまう原因は、比べる相手を間違えていること
検索すると「ベンチプレスの平均は体重と同じくらい(体重比1.0倍)」という話がすぐ出てきます。 体重70kgなら70kg。それを見て「自分は40kgでもきついのに」と感じる。
落ち込みの原因は、重量そのものではありません。比べている相手が違うことです。
この記事で言いたいことは、最後まで読んでいただくと一行にまとまります。 先に書いておきます。比べるべきは、ネットの情報ではなく、過去の自分です。
「体重と同じ重さ」は、何年も鍛えた人たちの中の平均
「平均=体重比1.0倍」の出どころは、世界的な筋トレの記録サイトのデータです。 ここが大事なところで、これは人類全体の平均ではありません。
そうしたサイトのデータは、自分で記録を登録した人の数字です。 登録するのは、ジムに通い続けていて、記録を残したいと思っている人。 つまり何ヶ月、何年も真面目に鍛え続けている人たちの中での数字です。
学校でいえば、全国トップの進学校の中で平均点を競っているようなものです。 始めたばかりの人がその基準と自分を比べて落ち込むのは、 正直なところ、時間の無駄だと思います。
それに、自己申告のデータには見栄が入ります。 これは人を疑っているのではなく、仕組みとしてそうなっているという話です。 うまくいった日の数字は登録したくなるし、調子の悪い日の数字は登録しません。 そうやって集まった平均が、実際より上に寄っていきます。
国内の記事を並べてみても、体重70kgの初心者の目安が35kgから43kgまでばらばらです。 そのうちのいくつかは、注意書きとして 「ジムに通う人のデータが基になっているので、一般成人全体の平均とは別物」 という趣旨のことを書いています。書いている側も、別物だと分かっているわけです。
未経験の男性の実測平均は、46kgでした
では、実際に測ったデータはあるのか。あります。
体育学研究 54巻1号(2009年)に載っている、林直亨・宮本忠吉の研究です。 定期的な筋力トレーニング経験のない大学生103名を対象に、 ベンチプレスの1RM(1回だけ挙げられる最大重量)を実際に測っています。
| 人数 | 体重 | ベンチプレス1RM | |
|---|---|---|---|
| 男性 | 67名 | 61±8kg | 46±9kg |
| 女性 | 36名 | 51±4kg | 22±4kg |
男性で46kg。体重61kgに対して、体重比では0.75倍です。
よく見る「平均は体重比1.0倍」は、この実測値の1.33倍にあたります。 平均として語られている数字が、 未経験者が実際に挙げた重さより3割以上高いところに置かれている、ということです。

しかもこの対象は大学生です。大学の授業で測っているので、 ほとんどが10代後半から20代前半だと思われます。 日々の活動量も回復力も高い年代で、それで46kg。 成人男性全体で測れば、46kgよりさらに下がっていくはずだと私は考えています。
※この「さらに下がる」部分は、研究が測った値ではなく私の推論です。大学生を対象にした研究の結果を、そのまま成人男性全体の平均として読むことはできません。
※ネット上には「九州大学の研究で未経験男性の平均は約40kg」という記述が多く見つかります。この記事を書くにあたって原論文の抄録を確認しましたが、その数字は原論文にありません。実測は46kgです。よく見かける「45.5kg」という数字のほうが、この46kgに近いものです。
40kgが10回挙がるなら、それはもう未経験の平均ではありません
ここが、いちばんお伝えしたいところです。
40kg×10回を1RMに換算してみます。 代表的な2つの換算式(Epley式・Brzycki式)が、どちらも約53kgを示します。
一方、さきほどの研究で週1回のトレーニングを7〜10週間続けたあとの男性の平均は、54±9kgでした。
| 1RM | |
|---|---|
| 未経験の平均(実測値) | 46kg |
| 40kg×10回(換算値) | 約53kg |
| 週1回×7〜10週 後の平均(実測値) | 54kg |
つまり、40kgが10回挙がる人は、週1回を2か月ほど続けた人の水準にいます。 未経験の平均ではありません。十分にたいしたものです。
逆の計算もしてみます。 1RMが46kgの人にとって、40kgは1RMの87%にあたります。 この強度で挙がる回数は、換算式では4〜6回。10回には届きません。
つまり、平均的な未経験の男性が40kgを持っても、換算上10回は挙がりません。 「40kgで10回がきつい」のは、できないほうが普通だということになります。
※1RM換算式は目安であって、研究の測定値ではありません。個人差も大きく出ます。
40kgを20回挙げられるなら、何kg相当か
よく検索されている疑問なので、ここで答えておきます。 40kg×20回を換算すると、Epley式では約67kg、Brzycki式では約85kgになります。 同じ回数なのに、2つの式で20kg近く違います。
換算式は、回数が増えるほどずれが大きくなります。 10回を超えると、あまり当てになりません。 40kgが20回挙がるなら、何kg相当かを気にするより、重さを足していい段階だと考えてください。
※10回を超えると換算式が実測と大きくずれることは、研究でも確かめられています(Mayhew ら 1995年。調べた6つの換算式すべてで、10回を超えると有意にずれました。10回以下でも式によってずれは出ます)。
ベンチプレスは、何キロからすごいのか
これもよく検索されている疑問です。 数字で答えるなら、目安はさきほどの未経験の男性の平均46kgです。ここを超えていれば、平均より上にいます。
ただ、この記事でお伝えしたい答えは別のところにあります。 どの重さにいても、先月の自分より挙がっていれば、それで十分すごいです。
「昔は○○kg挙がった」という話について
この話をすると、必ず出てくるのが「俺は昔100kg挙がった」という類の話です。
笑い話として聞いておくのがちょうどいいと思います。だいたい美化されています。 測った記録が残っているわけでもなく、フォームの基準もばらばらで、 尻が浮いていたのか、胸まで下ろしていたのか、 補助がどれくらい入っていたのかも分かりません。
挙がったことにしておくほうが気持ちがいいから、そう言うだけです。 それを基準に自分を測る必要は、まったくありません。
最初きついのは、筋肉が小さいからではなく、神経が追いついていないから
「そうは言っても、周りはもっと挙げているし」と思うかもしれません。 ここからは身体のしくみの話です。
初心者が40kgをきつく感じる最大の理由は、筋肉が小さいからではありません。 脳と神経が、まだその動かし方を知らないからです。
バーがグラグラする、胸にうまく力が入らない、左右で高さがずれる、下ろすときに怖い。 これは筋肉の大きさの問題ではなく、その動きに身体が慣れていないだけです。
新橋の私のところでは、未経験の方は全員、バー(20kg)から始めます。 最初はバーだけでも10回はきつく、バーもぶれる方が多いです。 それが2〜3回目のセッションになると、同じバーで10回くらい、安定して挙がるようになる方がほとんどです。

2〜3回のトレーニングで、筋肉が目に見えて太くなるとは考えにくいです。 変わったのは、脳と神経のほうだと私は考えています。
※私のところの会員さんを見てきた経験です。個人差があります。
この変化を裏づけるのが、さきほどと同じ研究の、もうひとつの結果です。 週1回を7〜10週間続けた103名で、 ベンチプレスの1RMは有意に増えたのに、大腿と上腕の周径には有意な変化がありませんでした。
大腿と上腕の太さは変わっていないのに、挙がる重さだけが増えている。 著者らはこれを、神経系の適応による可能性があるとしています。
※この研究が測ったのは大腿と上腕の周径で、ベンチプレスの主役である大胸筋は測られていません。「全身の筋肉が何も変わっていない」という話ではないので、そこは分けて読んでください。
ちなみに、同じ授業でソフトボールをしていた男子学生49名は、 8週間後も1RMに変化がありませんでした。伸びたのは、やった人だけです。
同じ方向の古典的な報告もあります。 Moritani と deVries が1979年に出した研究で、 トレーニング初期の筋力増加は神経系の要因が主であり、 筋肉そのものの増加が主要因になるのは3〜5週あたりからとされています。
※こちらは15名を対象にした小さな研究です。「何週で切り替わる」と言い切れるほどの精度はありません。また「切り替わる」は神経系の伸びが止まるという意味ではなく、神経系の適応はその後も続きます。
身体の中で起きている順番は、ざっくりこうなります。 まず脳と神経がつながって、見た目は変わっていないのに重量が伸び始める。 その次に、その重さに耐えるために筋肉が太くなり始める。
だから、バーや30kg、40kgがきついのは、順番どおりです。 心配することは何もありません。



